或る時、狐が私を呼んだ。


『相も変わらず、人に生まれるには惜しい存在だ。』


私はそれを見上げた。

月が赤く笑っている。

月を背に木の上を陣取った狐は悪戯に笑っている。

九つの尾がゆらりゆらりと気まぐれに揺らいだ。


或る時、猫が私を呼んだ。


『お嬢ちゃんはいつまでここにいるつもりなんだい?』


私はそれに答えようとしたが

言葉が出なかった。

家の離れに或る蔵の中の、さらに隠し部屋とされてる部屋の中で

木格子がはめられた部屋から見えるのは冷たい廊下だけ。

ゆらりゆらりと炎が揺らいだ。


「かあさまは、死んでしまったから。」

『だからどうだっていうんだい?』

『人の一生は短いねぇ。あの子ももう人の親かと思えばもう死んだ。』

「とうさまも、死んでしまったから。」

『あの子が選んだ男だからさぞかし面白いと思ったんだけどねぇ。ただの優男だった。』

『まぁ。『イイヒト』ではあったかな』


狐と猫が交互に言った。


「わたしは、きつねの子だから。」

『そんなことはあるか。お前は人だろう。俺の眷属とは程遠い。』


けらけらと狐が笑った。


「お前たちが見えるのはおかしい事らしいから。」

『そりゃぁねぇ。』

『そうだねぇ。』


狐も猫も否定はしてくれなかった。


「わたしは、もう死んでいるから。」

『おやおや、じゃあいいじゃないか。』


猫がふわりと近づいた。

煙管の煙にせき込んだ。


『死んでいるなら逃げてしまえばいいじゃないか。お前はここで本当に死んでしまうつもりかい?』

「逃げる?」

『ここから出るんだよ。あんたみたいなのがいれば、私たちも安泰ってところだ。』

「なぜ?」


猫はうっすらと笑うだけで何も言わなかった。

気がつけば闇の中かに隠れてしまって見えなくなっていた。


『あんたみたいに俺達の声が聞こえるやつがいなくなったからさ。』

「いなくなると困るの?」

『いなくなると困るのは人間だろうなぁ。』

「そうなの?」

『お互いに困りたくなかったらあんたみたいなのがいた方がいいって話。さて、あんた。逃げたいか?』

「・・・・・・」


私は返答に困った。何を言えばいいのかわからなかった。

ただ、死にたくはないと思った。

そのほかいろいろ考えなきゃいけないことはあるのだろうけど

それを考えるほど大人じゃなかった。

そして頷いた。


『そうか。じゃあ、逃げるんだな。』


狐もそう言って消えてしまった。

狐が残した炎がまず畳に移ってそれがだんだん広がっていく。

熱くは、ない。

ただ崩れていく部屋を出て蔵が燃えて。

そして母屋に火が移る。

私は裸足で走りだした。


月が、けらけらと笑った。