楪はゆすられて浅い眠りから覚めた。

律儀にも旭景は口を開かず楪をそっと揺らしていたのだ。

そして静かに指差す先には女が一人座っていた。

手元には長い藁が束になっておいてある。

それを大事そうに抱きしめた。

御堂の中は多くの蝋燭が立っており、炎がゆらゆらと揺れるたび女の影がゆらりゆらりと揺れる。

女のきている真っ赤な着物は炎の赤を受けて鮮やかに光った。

それは美しいとも言える光景だった。


「恨めしやぁ・・・・口惜しやぁ・・・・」


地を這うような声が響き渡った。

ざっと、炎が同じ方向へ倒れる。

また影も大きくなり、小さく戻る。


「薬屋の旦那は女中に手を出して金を握らせ暇をやった。

呉服屋の若は遊女に薬を飲まして殺した。

役人の男は上の嫁をとるために自分の妻と離縁した。

恨めしや

口惜しや」


女が歌うように呟き始める。

そのたびに蝋燭の炎は揺れる。

女は右の瞳から涙を流し左の頬から血を流した。

笑っているのか泣いているのか

炎のゆらめきによって

どちらともとれる表情をしていた。

藁を丁寧に並べて縛り始めた。


「次に呪われるはどの男。」

「次に殺されるはどの女。」

「悲しや」

「嬉しや」


女の口から紡がれる音は御堂の中を反響して

何重にも何重にも重なって聞こえた。

楪も旭景もその様子をじっと見つめるだけだった。


「東の男は物が喰えなくなって死んだ

南の男は川に沈められて死んだ

北の男は物とりに刺されて死んだ

西の男は自らその首を木に吊った。」


ぎしり、ぎしりと朽ちた木は女の身体が動くたびに悲鳴を上げる。

そのうちその藁が人形の形になってきた。

歌が紡がれる中。人形は人形の形を成す。


「西の女は身を投げた。

東の女は殺された。

南の女は病になった。

北の女は捨てられた。」


大きな一体の藁人形になった。

それは旭景が今もなお抱えている人形と同じ大きさになった。

女は懐から釘を出した。


「みなあの男が悪い」

「我がこうなったのもあの男のせい」

「ああ、恨めしい」

「ああ、口惜しい」

「ああ、釘はあれども槌がない。」

「金槌はどこへ行った。」


がたん、がたんと寺全体が壊れるほど揺れた。

女は立ち上がりその部屋を出て行った。


「・・・・・・旭景、」

「っ・・・・なんだ」

「それ。貸してくれ。」

「お、おう。」


楪は声をひそめて藁人形を指差した。

旭景は力を入れて抱きしめていた藁人形を手渡した。

楪は何かつぶやきながら女が作った藁人形まで近づくと自分の持っているものと入れ替えた。

楪が女の持っていた藁人形に触ると急に藁人形に炎がともった。


そしてあっという間に燃え尽きた。 「ゆ、」

「戻ってきた。黙れ。」


どすどすどすと女が床を蹴る音が聞こえた。

だんだん、だんだん近づいてくる。

勢いよく扉が開かれた。

右手には釘

左手には金槌

右頬には涙

左頬には血


「ああ●●様。御戻り下さいましたか。」


そして入れ替わった藁人形を見つめると全ての形相が女そのものに戻った。

その顔はもはや鬼とはいえず

その顔は愛らしい女の顔だった。


「許してくれ。」

「許してくれ。」

「愛していたのさ。」

「愛していたさ。」


どこからともなく男の声が反響する。

勿論、旭景は喋っていない。

楪は戸に背を預けて立っている。

旭景は楪を見上げたがまた目線を女に戻す。


「許しませぬ」

「許せませぬ」

「愛していたなど嘘」

「好いていたなど嘘」


女はまた鬼の形相に戻る。

静かに座って太い釘を藁人形にさし始める。


「ああ、恨めしい。

ああ口惜しい。

悲しや。

哀しや。

悔しや、

嬉しや。

これで貴方様はこの世から消える。ずっと我と一緒にいる。朽ちるまで、ずっと」


女は何本も釘の刺さった藁人形を抱きしめて

すぅと消えていった。

炎が大きく燃え上がったかと思えば

あたりは闇に包まれる。

そこには藁人形の姿も

蝋燭があった形跡まで全てなくなり

月明かりが優しく差し込んでいた。

そこには楪と旭景しかいなかった。