「と、いうことだ。」

「ほぉ。で?先月の満月は無理だったので今月ってことか。それから人は死んでいるのか?」

「まだ被害があったなどとは聞いておらん。」

「ならまだ間に合うな。」

「は?」

「藁は用意してあるのだな?」

「お。おう。」

「なら、旭景。頼まれろ。」

「ん?」

「毎朝、朝一番の日光を別の藁に染み込ませておけ。」

「う、うむ。それは必要なものなのだな?」

「ああ、その女を黙らせるのに必要なものだ。」

「わかった。用意させよう。どのくらいいる?」

「束にして長さはそうだな・・・・お前の伸長くらいあれば十分だ。」

「それじゃあ、満月の夜に。」

「昼くらいに訪ねてくれ。日光を染み込ませた藁を束にしたものを持ってこい」

「おう。それじゃあまた」

「また。」

そういって2人は別れた。


+++


そしてその月の満月の日。

約束通り旭景は藁を持って楪の寺を訪ねた。

相も変わらず桜が舞っている。

基本的には楪以外は誰もいないので旭景は勝手に寺の御堂の中へとはいっていく。

廊下を少し過ぎると縁側に出た。

そしてそこには猫と猫のように丸まった女が一人転がっていた。

猫は、旭景の足音を聞いて迷惑そうに顔を上げた。

女は、微動だにしなかった。


「ゆ、ゆず。」


旭景は遠慮がちに楪の身体をゆする。

起きない。


「起きろ。これはどうするのだよ。なぁ楪」


さっきより少し強めにゆする。

起きない。


「楪。今用意しなければ夜間に合わないのではないか?」


もはやゆするという次元を超えた。

しかし楪は起きない。

猫は迷惑そうに一度鳴き、部屋の中へとはいって行ってしまった。

季節は夏、場所は縁側。

当たり前だが日光は直撃している。

それなのに、まぁ楪はよくも汗もかかず眠っていられる。

そんなことを思いながら旭景は藁を横に置いて刀を抜き、柱に背を預けた。

しばらくして猫が消えた方向から女が現れた。


「楪様!お起きください!」


旭景を一瞥して女は叫んだ。

これでやっと楪の眉間にしわが寄った。

しばらく様子を見ていると何度か瞬きをして楪は身体を起こす。


「・・・・・・・・・・・。」

「お、起きたか?」

「・・・・・・・・・・・。」

「ゆ、ゆず?」

「・・・・・・・・・・・。」

「あ!あの!これだ!この藁どうしたらいいんだ!」

「・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・俺にどうしろというんだ・・・まだ寝るか?」

「・・・・・・・・・・・・・おきた・・・・・・ねない。」


いつもより幾分高くなった声が小さく答えた。

藁を一瞥すると楪は聞き取れない小さな声でなにか呟いた。

すぱーん、と締められた襖が勢いよく開かれる。

いつ襖が閉められたかよくわからなかったが襖の向こうには縄が5本用意されていた。


「何を作るのだ?」

「藁人形。」

「・・・・・・え?」

「藁人形だよ、藁人形。呪いの人形さ。」

「・・・・・・・そ、それを使うのか。」

「うん。人ではないものを使ってもいいのだがな。身の回りを手伝ってくれるのが少なくなるのはつらいから。」

「そうか。」

「うん。」

「手伝うことは?」

「もうない。」

「そうか。」


旭景はそれ以上何もいわなかった。

楪が手伝うことはないと言えばないのだろう。

身の丈ほど或る藁を丁寧に並べて人形を作りだす楪を横目に

旭景も少しの間、眠りに就いた。


+++


「旭景。行くぞ。」


どれくらい眠ったかわからないが旭景が目を覚ました時には真上近くにあった太陽は傾いていた。

そろそろ黄昏時だろう。

旭景の横には大きな藁人形が無造作に置かれていた。


「ぉわ!」

「ん?ああ。それお前が持つんだ。」

「へ?あ。ん?これをか?」

「うん。俺が持つには大きすぎる。」

「そ、そうか。わかった・・・・そろそろ行くのか?」

「うん。そろそろ行こう。」


目向け眼で旭景は藁人形を持つと、立ちあがる。

まだ明かりもいらない程度の暗さなので楪は手ぶらで門を出た。

人もまばらになっている。

道すがらどちらもなにも言わなかった。

薄暗いとふと不安になったりするものである。

『この見知った顔をしたものは本当に自分の知り合いなのだろうか』

『何か別のものが変わっているのではないだろうか』

そう思うと声もかけられなくなるのだ。

寺が見えてきた。

朽ちた柱も雑草だらけの庭も通り過ぎ御堂の中へずかずかと楪は入っていく。


「な!ゆず!待て何がおるかわからん!」

「ここにはまだ来てないからな。」


ごそごそと扉の裏にしゃがみ込む楪。

指を交互に合わせて何かを呟いていた。

しかし旭景にはそれが何か聞こえなかったし

聞こえたとしてもなんだか分からなかっただろう。


「このあたりで座っていれば見つからない。ああ、だが声を出すとどうなるかわからないから気をつけろよ。」

「ん?そこでは御堂の中から丸見えだが。」

「鬼女殿には見えないさ。しゃべるなよ。旭景」

「お、おう。あ、これはどうするのだ?」


旭景は大きな藁人形を持ち上げる。


「ん?ああ。まだ出番がないからな。しばらくは持っていてくれ。」

「うむ。わかった。それで日が暮れるまでどうするのだ。」

「どうもすることはない。俺は寝る。」

「は・・・・・?鬼が出るのだぞ。この寺には」

「お前が言ったんじゃないか。」

「・・・・何を?」

「俺の寺だって立派な化物寺だと。」

「あ!根に持っているのだな!」


楪は笑うとそのまま戸に背を預けて動かなくなってしまった。

旭景はすることもなく藁人形と取り残されてしまった。

もうすぐ。日が暮れる。