2人は小さな寺に入って行った。

その寺もまた、旭景の話に出てきた化物寺にも見えた。

柱は朽ち果て、雨漏りでもしそうな様子だった。

しかし寺の中は建てられたばかりの真新しい板や柱でできている。

新しい畳の香りが鼻をくすぐった。

2人は寺の裏側の縁側に腰を下ろした。

満開の八重桜・枝垂れ桜・山桜・染井吉野などがふわり、と風に揺れていた。


「それで?」

「その前に茶を一杯。暑かったからな、喉が渇いた。」

「ん、ああ。ちょっと待っててくれ。」

2人の背後の襖がぱたり、と閉まった。

旭景は驚いた様子もなく庭に立っている4,5本の桜を眺めていた。


「いつ来てもここの桜は満開だな。」

「次は梅か桃を植えようと思ってるんだ。」

「ほぉ。またそれも枯れないのか。」

「さぁな。枯れるか枯れないかはそれぞれの木によるからなぁ。」


「楪様。」


2人の後ろから小さな女の声がした。

閉まったはずの襖が小さく開かれていて、女が一人座っていた。

女の右手にはグラスに入った緑茶ときゅうすが並べてあった。

蒼色のグラスは緑茶の緑と木漏れ日を受けてきらきらと光っていた。


「おお!美しいな!」

「薩摩からの品らしい。こないだ報酬に貰った。」

「ほぉ。すごいな。」

「うん。飲め。」

「おう。」


楪はグラスが乗っている漆喰の盆を手繰り寄せて旭景に進めた。

旭景が女が座っていたところへ目線を戻すと女はすでにいなくなっていた。


「あの女は人か?」

「人ではないな。」

「・・・・そうか。」

「うん。」

「この寺も立派な化物寺だな。」

「失礼だな。俺はここに住んでんのに。」

「な!ま!またお前は!」

「うお!え、急に怒るなよ!ちょ、なんだよ。」

「女が自身のことを「俺」などと・・・・!」

「・・・・実は旭景、俺はお前に隠してたことがあったんだ。」


急に楪は真剣な面持ちになり、旭景をじっと見つめた。

その急な変わりように、説教も口を通ることなく押しとどめられる。


「実は、俺は男なんだ。」


ほんの数秒の間があき


「んなわけあるか!!!!」


旭景の怒号が寺に響き渡った。

「おお、キャラが変わってるぞ。お前。しっかりしろよ。」

「お前、お前・・・なんなんだ!」

「なんなんだって。なんだよ。」

「俺のことをからかって楽しいのか!」

「楽しいのさ。」

「・・・・・う・・・うん。そうか。」


旭景は残念なことに押しに弱かった。

と、いうよりかは楪に弱かった。

即答されたためにまた旭景の説教は押しとどめられる。


「で。」

「なんだ!」

「すねるな怒るなこっちを向け。鬼女の話はどうなったんだよ。最初の男は喰われなくてどうなったんだ?」

「気がついた。」

「当たり前だろ、お前俺のことを馬鹿にしてるのか。」

「い、いや!しておらん!気がついて最初に呟いたのは「月の光を染み込ました藁を用意しろ」らしい。」

「それで?」

「それから・・ああ、「次の満月までに寺にもってこい。無ければまた人を食う。」と、男が言ったのだ。それでな。

その言葉を呟いた時の声はな男のものではなかったらしいのだよ」

「どういうことだ?」

「まるで別の人間が話してるかのような声だったらしいのだよ。女の、声。」

「それで用意したのか?」

「してないのだよ。」

「どういうことだ。」

「まぁ聞いてくれ。」

+++

男はそういってまた気を失ってしまった。

しかし町人はなすすべもない。また気がつくのを待つしかなかった。

そしてすぐさま話し合いが行われた。

藁を用意すべきかどうか。

町人からしてみればさっさと用意してしまいたかった。

次はどこの誰が食われるかわからないし、自分かもしれなかったからだ。

そうして月光を染み込ませた藁を束にして用意した。

用意したがそこで役人が絡んできた。

これ以上、噂を広めるわけにもいかず、その月の満月の夜に藁を置いて行くのを止めた。

と、いうより役人が燃やしてしまったのだ。

そのような幻想事を信じてどうすると。

襲われた男は酒に酔って夢でも見たのだろうと

そういって片付けられた。

そして首のない役人の死体が出たのが次の日だった。

藁を燃やした役人の身体だった。

また次の日首が大通りの橋の上に置いてあるのが発見される。

さぁ、今度こそ怖いことになった。

そういうことになって役人も動くことになったのだ。

しかしどこぞの坊主や術師に頼んでも

死体が出た後ならば誰も率先してやろうとしない。

下手な術師に任せるわけにもいかない。

そんなところに旭景の名前が出たらしい。

以前、一度だけ小さな村で起こった怪奇事件を解決したことのある男だからだった。

普通ならこの旭景という男が町人の事件などにかかわるような身分ではないのだが

雨霑旭景という男は頭を下げられて断れるような男ではなかった。