身なりのいい男が妓楼の前で立ちすくんでいた。

腰元の刀を見れば役人であることは確かだった。

眉間に皺を寄せて、強面でじっとそこへ立っていた。

昼間といえど妓楼の前。客や女が出たり入ったりしているが男は全く動かない。

役人となれば町人は男を避けて通る。

それが妓楼の前となってはあからさまに避けられる。

妓楼にとっては営業妨害の他何事でもなかった。

とうとう、店の中から男が一人出てきた。

妓楼で唯一の男、男衆だ。


「・・・どのような御用件で?」

「ゆ、友人を探しているのだ。」

「ご友人?でございますか?遊女で?」

「あ、いや・・そ、そうではなくて・・あの・・楪、という女なのだが・・・」

「・・楪様でございますか・・はぁ・・わかりました。少々お待ちください。」


番頭は「楪」という女の名を聞くと怪訝な顔をしながらも妓楼の中へ消えていった。

男はまた眉間にしわを寄せて立ち尽くす。

しばらくすると女が煙管を片手にゆらゆらと出てきた。

薄緑の着物に羽織を肩にひっかけて。その姿は「女」とも「遊女」とも言いにくい姿だった。

―――――そう。それはまるで幽霊のような。

曖昧な、存在に見えた。


「ゆず!」

「おう。何だ旭景。いや、眩しいな・・・」

「夏だからな。日差しがきつい・・・いや!そうではなくてお前・・ひ、昼間から何をしておるのだ!」

「何って。店の売り上げとか、オキャクサマにごあいさつとか。とりあえず道中で怒鳴るなよ。あと長身で強面って怖すぎるんだよ。眉間なんとかしろ」

「う・・・・ぬ・・・すま・・いやそうではない!そうではなくてな!」

「大声を出すな。うるさいんだよ。ああ・・もう・・いいや。おい、ちょっと出てくる。経理まとめておけ。あと犯罪は絶対に起こさせるなよー」


道中の真中で説教を始めようとした旭景をいさめて楪は店内にいるだろう誰かにそう叫んだ。

その口調は男そのものだった。


「行くか。」

「ゆず!その口調もやめろと言って!ど、どこへ行くのだ!」

「昼飯食いに行くんだよ。朝飯だってまともに食ってねぇんだよ。旭景も昼飯まだだろ。」

「ぬ。おう。」


+++


「で。」

「ん?」


昼飯を食べ終わった楪は机を挟んだ向こうに座ってる旭景に話を切り出した。


「なんの用があって妓楼に来たってんだよ。用事がなきゃあっちに来ることなんてないだろ、お前。」

「あ。うむ。それがな、」

「おう。」

「この通りの向こうに枯れ寺があってな、そこに出るそうだ。」

「何が。」

「何がと・・出ると言えば。それは」

「鬼女か。」

「わかっているなら聞くな!」

「いや、まぁそうだろうなぁ・・噂は聞いてたしな。もうひとつ当ててやろうか。お前・・そこへ行ってきただろう。」

「え?ま、まぁな。な、なぜわかる・・・・」

「まぁまぁ。それで?鬼女がどうしたって?」


楪はニヤニヤしながら旭景に話しの続きを促した。

旭景はなんだか納得しきれないような顔をして湯のみに残っていた茶を一気に飲んだ。

さっきまで騒がかった店の中はいつの間にか人もまばらになっている。

意を決したように旭景が口を開いた。


「初めは町人の一人が見たのだ。

その日、夜中まで飲んでいた町人が帰り道に寺の前を通るとな、くちゃくちゃと『何か』が『何か』を食べている音がしたそうだ。

町人は野良犬が何か食っていると思ったらしくな

その寺に入って行ったそうだ。

そしたらな、どうやら御堂の中から音がするような気がしてな。

中をのぞいて提灯の光をな照らすと、そこには口を赤く染めた女がいたそうだ。

その女の額にな小さな角が2本ついていてな。」

「ふぅーん。」

「町人は腰を抜かしてしまって動くこともできず、うずくまってしまったそうだ。すると女がこちらに気付いて・・・ゆっくりと近づいてくる。」

「うん。」

「生臭さと恐怖で町人は気を失ってしまったのだよ。」

「・・・・・で?町人は?」

「次の日に見つかったよ。」

「いや、違うだろ。食われたのか?食われなかったのか?」

「食われておらん。」

「・・・・・そうか。」

「最初の町人は食われなかったのだ。」

「最初の?ん?じゃあ他にいるのか?食われたやつが。」

「うむ。それで・・・」


「お客さん!注文ないならでてっておくれ!」


旭景が続きを話し始めようとした時、店の女将が笑いながら声を上げた。

「お、おう。すまん。」

「そんな気味の悪い話なら別のとこでやってくんな。」

「だとよ。んじゃ。俺の家に移動するか。」

「うむ。」


楪が立ちあがった。

旭景は机の上に2人分の代金を置くと2人は店を出て行った。

楪は当たり前かのように代金は払わない。


「いつも思うのだが、なぜいつも俺が払わされるのだ。」

「そりゃ旭景がいつも払ってくれるからだろ。」

「な!それじゃ俺が払わなかったらお前も代金を出すのか!」

「そりゃどうだろうなぁ・・・・気が向いたら払うかな。まぁいいじゃないか。高給取りなんだろ。お前。」

「そ、な、違う!」

「違うのか?」

「違う。」

「それじゃそういうことにしとこうか。で?続きは?」

「楪の家についてから続きは話す!」

「怒るなよ。」


旭景は怒りながらどすどすと道を歩いて行った。

楪はその背中を見ながらゆらゆらとついて行く。