先輩の人生はそこで幕を閉じるはずだった。

確かに、先輩は空から降ってきた。

真っ赤な真っ赤な、血が、灰色のコンクリートに広がっていった。

僕は、確かに、目の前で人が死ぬ瞬間を見たのだ。


でも、先輩の人生はそこでは幕を閉じなかった。


人がざっと集まった。先輩は見せものではないのに。

人が叫び声をあげた。だからと言って先輩が戻ってくるわけじゃないのに。

人が僕を見た。同じ制服だと言った。

それがどうした。天と地ほど差がある僕らの唯一の共通点を見つけて、それでどうしたというのだ。

そして、人が言った。


青きルミナスビジョンに御招待


「この子、まだ息があるわ!誰か救急車!」

あの高さから落ちて、息があるわけがないと思っていた。

ああ、やっぱり神様から御贔屓にされてるんだ、とも心の隅で思っていた。

全く。本当に僕は嫌な奴だ。救急車が遠くからやってきた。

「君!君だよ君!同じ学校だろう?付き添ってくれ!」

救急隊員が僕の方を指差しで怒鳴った。ざっと、集まっていた人間の目線が僕に移る。

一瞬、だからなんなのだと思った。僕と先輩では神様からの愛され方が違うんだと。それでも、それでも僕は

「はい。」

それでも僕は先輩に興味がある。

神様から愛された人と、神様が間違えて作った僕と。

ここで関係しておいて、今後どんな風に運命が変わるのだろうかとかそんなことだ。

つまり僕は彼女とかかわって、多少神様から愛されればいいと思った。

やっぱり僕は嫌な奴だ。

+++

「・・・・・・・ん。」

先輩が目を覚ましたのはそれから5時間後だった。

日も落ちかけて空が赤く染まり始めていた。

ゆっくりと瞼が開く。真っ黒な瞳が天井をぼーっと見つめた。そして

「・・・廿九日君・・・?」

「・・・・。」

なんで僕の名前を先輩は知ってるんだろうか。先輩はじっと僕を見つめた。

「廿九日君・・であってるよね?廿九日燕彦くんだよね?」

「はい。」

「いやー・・・驚いちゃったよね。」

「・・・・。」

「私も、交通事故に会うとは思わかなったよ。」

「・・・・・・・・。」

「ごめんね?記憶に人が吹っ飛ぶところとか、残っちゃったら。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

交通事故にあったのに、他人の心配をしてた。

いい人は、僕にとってただの毒だ。

言うことが全部悪で、僕のためにされることは全て悪だ。

もし、僕が神様から全てを愛する神様から気に入られたら。

神様は僕を愛で殺すだろう。

「私、少しばかり他の人より運がいいんだ。」

微笑みながら先輩は言った。

「先輩。貴方、異常ですよ。」

僕は、神様から嫌われようとした。

「あれだけ、近くでトラックなんかに轢かれて無事な訳ないじゃないですか。異常です。異端です。僕には、とても、とても気持ちの悪いものに見えます」

嫌われないと、この人は僕を愛で殺してしまうだろうから。

「あは。そうだよね」

先輩は微笑んだ。

まるでそんなことを言われるのを慣れているのかのように。

空は青かった。

空は高かった。

その青さが、目に毒だ。

彼女の見ている明るさは

僕にとってはただの闇だった。

それでも先輩は微笑んでいた。

太陽は、地平線の向こうへ消えていった。


残ったのは、闇。